ペダンティックという言葉がある。
　いかにも人を煙に巻くような形容詞を知ったのは、高校２年の時。Ｚ会という通信添削の機関紙だった。そこでＺ会経験者のインタビューがあって、その中にこの聞き慣れない未知の一語が載っていたのだ。
　pedantic。
　衒学的な、という英語である。漢字で書いても普通には読めないところがまたまたゲンガク的で気障である。
　ペダンティックとは、学問や教養をひけらかす様を云う。また、そういう行為をペダントリー、そういう人をペダントと云うそうだが、あまり見かけない。
　ペダンティックは、エロゲー業界と切っても切れない。ストーリーとはまったく無関係に一方的に書き手の知識がひけらかされるということが、横行している。こればかりは無問題とはいかない。かく言う自分も、『Love Split』ではずいぶんとボウリングのことについて詳しく書いたが、あれはボウリング部の話だったからである。ボウリングのことを何も知らないのでは、お話が愉しめない。だから、愉しめる程度に抑えて書いてある。もし主人公が帰宅部というただの学園ものだった場合、同じことをやるとペダンティックになる。『あめいろの季節』のファースト原稿には、陰と陽の組み合わせ、初爻、二爻といった実際の占術システムを含めて易占いのことが詳述されていた。プロデューサーの適正な判断で削られたが、残っていなければフラストレーションを誘発していたはずである。
　ペダンティックは嫌われる。
　エロゲーの場合、頁をめくるのではなく、指でクリックするのだからなおさらである。おまけに本のように16行や18行単位で次の頁に移ってくれればよいが、エロゲーではせいぜい3行か4行だからタチが悪い。小説１頁分を読むのにも、6回～10回はクリックしなければならない。
　正直、苦痛である。文章を読むメディアとしては、エロゲーは最悪である。画面は狭いし、何回も指を動かさにゃならんしで、面倒臭いことこの上ない。だから、一見して無駄とわかる文章を読まされるとフラストレーションがたまる。書き手が受け手のことを考えられない、レベルの低いオナニー中出し野郎だと、こういうことが頻発する。
　しかし、一方でユーザーがペダンティックを呼び寄せているという部分もある。無駄の少ない洗練された文章よりも、ある程度装飾的でインテリ趣味の漂う、知的な優越感をくすぐる文章の方が全般的に好まれる傾向があるようだ。それはエロゲーシナリオライターの典型的な肖像にも示されている。村上春樹のファンで新本格ミステリーの担い手の３人（森博嗣、京極夏彦、綾辻行人）のうち必ず誰かが好きというのが、最もパターンなシナリオライターの姿だ。村上春樹は無駄の少ない素朴な文体の使い手ではないし、森博嗣は気の利いた文章表現を好む。列記しなかったが、西尾維新も、饒舌で衒学的な言い回しを好むきらいがある。
　志賀直哉の文体がエロゲーに適しているかどうかはともかく、志賀直哉の文体から限りなく遠く離れた文体の作家を好むライターがものした文章を好むという循環のなかには、巧言令色少なし仁と言い切った孔子の感覚も簡潔を好んだ志賀直哉の感性も見えてこない。むしろ透けてくるのは、饒舌とペダンティックへのすり寄りである。知的な装飾性は、エロゲーユーザーにあっては避けられるべきことではなく、むしろ歓迎されるべきことなのだ。
　大容量化の時代を行くエロゲー世界に、その流れを止めるものは、ない。