レヴィナス入門
　『レヴィナス入門』の著者と『パンドラの夢』』は、ひどく間接的につながっている。
　『パンドラの夢』の最終章。
　崩壊してスウと二人だけになった、無残な酷薄な世界。大切な仲間たちがいなくなって二人きりになってしまったというのに、なお崩壊した姿で<ある>世界。その世界のあり方を表現する実にいい言葉がある。
　エマニュエル・レヴィナスの言う<イリヤ>だ。勿論、イリヤといっても、『イリヤの夏、ＵＦＯの空』のヒロイン伊里野加奈（いりや・かな）でもなければ、『Fate/stay night』に登場するイリヤスフィールのことでもない。
　『全体性と無限』のところで書いたが、イリヤとは、世界があるという豊穣さではない。むしろ、世界があることの残酷さ。その残酷さを見抜いた哲学者が、エマニュエル・レヴィナスである。そして彼の哲学の一番の入門書が、本書『レヴィナス入門なのだ。
　彼の主著『全体性と無限』を読んでいる時、「享受」「定位」「同」「他」「始原」ということがよくわからなかった。また「同」と「他」がどのように無限や全体性と絡んでいくのかも、よく理解できていなかった。
　だが、本書の第２部は、そのあたりを気持ちよく解きほぐしてくれる。

「私が<私>であるという同一性、この<同（ル・メーム）>」
「世界はなるほど私ではないもの、私とは<他なるもの（ル・オートゥル=ロートゥル>である。だが、<他（ル・オートゥル=ロートゥル>、世界のか外部性が結局は<同>へと急襲される。世界はここにたいして立ちあらわれ、そのことで私の世界となるだろう」（『レヴィナス入門』100ページ）

　本書のおかげですぐさま『全体性と無限』を読みたくなったほどだ。『全体性と無限』の手元に本書を置いておけば、理解は格段に高まるだろう。
　哲学系の入門書は数あれど、これほどの好著はなかなか知らない。これは、ただの入門書ではない。ひとつの<享受>なのだ。

全体性と無限（上）
　
全体性と無限（下）

「ほんとうの生活が欠けている」。それなのに私たちは世界内に存在している。

　この一節でエマニュエル・レヴィナスの主著『全体性と無限』――副題・外部性への試論――の第一部が始まる。
　エマニュエル・レヴィナスの名を知ったのは駿台予備校時代の英語の時間である。だが、本当の意味でレヴィナスの思想に触れたのは、『パンドラの夢』を書いている頃だった。
現代思想フォーカス88

　この中で解説されているレヴィナスのひとつの主概念、<イリヤ>と出会ったのが、最初だった。
　<イリヤ>とは「「世界が<ある>（イリヤ）こと、存在が存在することの、禍々しい忌まわしさ」である。戦争が終わり、世界は変わった。多くの血が流され、仲間は永遠に失われた。にもかかわらず、世界は<ある>。その酷薄tq「<ある>には容赦がない。イリヤとは刻薄さである」。
　イリヤを知った時、思い浮かんだのは、世界が崩壊していく中に取り残されていく主人公とスウの二人であった。崩壊してなお世界がまだ<ある>。残酷な<ある>。容赦のない<ある>。それが、ループが壊れ破滅へと向かっていくスウと二人きりの世界のイメージを形容する文句として、ドンピシャの言葉に思われたのだ。
　以来、レヴィナスに惹かれつづけ、ついに手に取ったのが『全体性と無限』だった。訳者は、熊野純彦――すなわち、『現代思想フォーカス88』のイリヤの項目を書いた人である。また、非常に優れたレヴィナス入門書レヴィナス入門も執筆している。

　<同>と<他>。<私>と<他者>。<他者>という無限。<顔>という無限。
　国家博士論文として50代のレヴィナスによって書かれた本書は、決して簡単な書物ではない。<観想(テオーリア)><融即><分離><形相><質料>といった専門用語を理解しないと読み解くのは難しいが、非常にこなれた簡潔な日本語訳のおかげで、背伸びをしたい人にも最後まで読み進められるようになっている。
　岩波書店は在庫切れを起こしやすいので、今あるうちに是非読んでおきたい。『全体性と無限』がなくなってもなお<ある>本棚を眺めてイリヤを敢えて感じ取る必要はないのだから。

Cobra magic doll（前編）
　
Cobra magic doll（後編）
　エロマンガをのぞいて、鏡が唯一全巻コレクションしている漫画家がいる。
　寺沢武一氏。
　宇宙一の孤高の海賊コブラの物語『コブラ』を代表作とする世界的な漫画家である。その最新作『マジックドール』が発売された。
　コブラは、銀河パトロールに勤務する恋人からひとつの依頼を受ける。魔法の源泉が記された「マーラの巻物」を探し出してほしいと。
　だが、潜入したマハドーマの奴隷島は、海賊ギルドの要塞だった。しかも、そこは魔力が強く、なんでもかんでも生物に変わってしまう星だった……。

　前編と後編の間には、４年間のブランクがある。『マジックドール』は、一度長期にわたって中断されているのだ。その背後には、ブランクとは言えない苦闘がある。
　1998年、寺沢武一氏は大病を患った。悪性の脳腫瘍が発見されたのだ。緊急手術で難を逃れることはできたが、体力は低下。更に3年後、脳腫瘍が再発。二度目の手術で左半身は麻痺、握力が極端に低下して右手で絵を描くのにも支障が出る状態に陥ってしまったのだ。
　『マジックドール（後編）』は作者・寺沢武一氏の不撓不屈のリハビリの軌跡である。強い物語への意志がなした、ファンが待ち望んだひとつの奇跡。奇しくも、コブラと並ぶヒーローとして現れるのは、棺から姿を現すドラキュラⅢ世。コブラの復活を、何よりも寺沢武一氏の復活を、ファンの一人として喜びたい。

　ご存じの通り――いや、ご存じでない方もいらっしゃるが、鏡は眼鏡男である。眼鏡星人ではないが、眼鏡をかけているし、眼鏡は好きである。だから、『ブラバスター』にだって、内気な爆乳眼鏡っ娘が登場する。眼鏡＋巨乳という組み合わせは、結構どきゅんである。なので、眼鏡巨乳の図式はいやだという声を耳にすると、悲しくなる。悲しくなるが、ぼくが一番眼鏡巨乳をうまく書けるんだなんてアムロみたいなことは言わない。
　鏡自身、眼鏡は20年以上愛用している。最初は標準的な四角い金属フレームのもので、この当時は人生最高に陰険な性格をしていた。次に顔を覆い尽くさんばかりの大きなボストンモデルのセルロイド・フレームになった。だが、札幌で大学生をやっていた頃、北23条西3丁目のカレー屋で友人と飯を食っていたら、「パキッ」と香ばしい音を立ててフレームが割れてしまった。セルロイド疲労であった。
　今度は、金色のロイド眼鏡になった。だが、イリュージョンで役立たずぶりを発揮している頃に蝶番の部分が破損してしまった。今度は紅いロイド眼鏡をかけるようになった。恐らく、世の眼鏡スキーなご婦人たち――正確には腐女子たち――の好みとは違っているだろう。
　なんて個人的な事情はどうでもよくて、眼鏡の本である。同人だけれど、こんな本を見つけた。


　レンズの形状にクイーンモデルやオクタゴンが収録されていなかったりするけれども、それはこの本が眼鏡の本ではなくて眼鏡をうまく描くための本だからであって、不備というわけではない。50ページほどの冊子だけれども、よく出来ている。
　真横から眼鏡を捉えた時にはレンズ自体は見えない、という当たり前のことも懇切丁寧に解説されていて、その親切ぶり、気の配り用には感心させられる。素晴らしい愛とエネルギーだ。ハウツー本には愛がいるのである。資料として、是非お薦めしたい一冊ですな。
　同人誌なので、一般の書店では取り扱っていない。とらのあなで通販可能。
　ちなみに、この本に出会う前は、こんな本を使って織坂朋恵の眼鏡を考えていた。
スタイリングブック