20世紀フォックスホームエンターテイメン マーシャル・ロー

　原題は、The Siege。
　包囲攻撃という意味である。四字熟語で言うなら四面楚歌か。長く苦しい期間という意味もある。
　邦題のマーシャル・ローとは、戒厳令のこと。
　その名の通り、『マーシャル・ロー』は、連続テロに襲われ、戒厳令下に置かれるニューヨークを描いた物語だ。カタカナのタイトルよりは、ニューヨーク戒厳令と題した方が内容にはふさわしかっただろう。
　マーシャル・ロー（戒厳令）への道のりは、一台のバスから始まる。
　バスがアラブ系のテロリストに乗っ取られたという。テロ対策本部長に就任したＦＢＩハバード捜査官が向かう中、バスは爆発……と思ったら、青色のペンキが爆発しただけだった。
　
「彼を釈放しろ」

　犯人のメッセージはそれだけ。
　手がかりもつかめぬまま、２つ目のバス乗っ取り事件が、再びニューヨークで発生する。ハバード捜査官は自分が人質の代わりになると交渉を呼びかけるが……。
　この後もさらにテロはつづき、テロの犠牲者は増えつづけていく。ニューヨークの町中で増殖していく不安感。学校でもテロ騒ぎが起こり、登校しない子供たちまで登場する。突然鳴り響いた爆音に、「すわ、テロか！」と身を伏せるようにまでなる始末だ。もはや、ニューヨークは成功の街ではない。アメリカのベイルートだ。
　すっかり恐怖の街と化したニューヨークに、大統領はついに決断を下すことになる。ＦＢＩとニューヨーク私警が共同で組織するテロリスト対策本部では安全維持ができないと判断、ついに戒厳令、マーシャル・ローを発するのだ。だが、その結果はどうだったか？
　テロリストを発見＆逮捕するためと称して、罪もないアラブ人の男たちが片っ端から連行されていくのだ。閉じ込められ、隔離されたのは金網の向こう。まるで第二次世界大戦中の日本人のようだ。その中で、アラブ系市民だけではなく、イタリア系市民やユダヤ系市民からも、軍に対する反感が生まれ、デモが発生する。
　だが、『マーシャル・ロー』のテーマは、民族対立ではない。テロリストの逮捕が先か、軍が市民に銃を向けるのが先か、という二者択一でもない。その重いテーマは、ハバード捜査官VSデブロー将軍の対立に集約されている。
　戒厳令の中での理不尽な事件の連続。ＦＢＩ捜査官の息子も、アラブ人という理由で金網の中に拘禁されてしまう。不当に逮捕された大物アラブ人は、まるでイラクの刑務所で行われたように、持つべき自由も権利も奪われ、拷問で死んでいく。法と民主主義が、ニューヨークから失われていくのだ。
　そんな中、ＦＢＩのハバード捜査官は、デブロー将軍にこう叫ぶことになる。
　テロリストの目的が、この街を混乱に陥れることだとしたら？　法と民主主義を失わせることだとしたら？
　デブロー将軍は答える。
　我々は国家の利益のために動く。国家の利益がすべてである。
　民主主義（法）VS国家の利益。
　それは、民主主義VS全体主義の対決でもある。
　国家の利益を至上命題として徹底的に追求する姿こそは、かつてアメリカが叩きつぶそうとした全体主義に他ならない。そしてそれは、今のアメリカの姿に重なっている。現在のアメリカを民主主義の象徴として捉えるのは、素朴なアメリカ崇拝者しかいまい。今のアメリカから民主主義の精神が薄れつつあるのは、誰の目にも明らかなことだ。
　『マーシャル・ロー』は、ある意味アメリカ批判の映画である。その意味では、この映画はニューヨーク戒厳令と題するより、アメリカ戒厳令と題した方がいいのかもしれない。そして、最後にデブロー将軍がとった行動を見ると、民主主義か国家の利益かという問題を突きつけることで、『マーシャル・ロー』がどっちの答えを選ばせようとしたのか、わかるような気がするのである。

ノストラダムス

　ノストラダムスの名前を聞いて、「それ、誰？」と聞き返す人はほとんどいないだろう。小学生でも知っている子はいる。
　本名、ミシェル・ド・ノートルダム。1503年12月14日生まれ。
　ヒトラーの出現を、広島の原爆を言い当てた（とされる）、世界で最も有名な予言者である。前世紀終末には、ある１つの詩篇で世界の人々を慄えさせた。
　

L'an mil neuf cens nonante neuf sept mois
Du ciel viendra un grand Roi deffraieur
Resusciter le grand Roi d'Angolmois.
Avant apres Mars regner par bon heur.
1999年、7か月、
空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモワの大王を蘇らせるために。
その前後マルスは首尾よく支配する。

　原文と訳は、ウィキペディアより。
　一般には『諸世紀』と呼ばれる４行の予言詩集（正式名称は『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』）に収められた、最も有名な詩篇である。
　予言の曖昧さ、予言を解釈する者の牽強付会などから、彼ほど胡散臭い予言者と思われている者はいまい。そして、彼ほど人間として、一人の人物としてどのような人生を送ったのか知られていない有名人もいまい。
　ノストラダムスの人生は、伝説にコーティングされている。後世の創作による伝説が、ノストラダムスの実像をヴェールのように覆い隠している。確実視できることもあるとはいえ、史実による裏付けがなされていない部分も多い。
　現在わかっているのは、前半生は医者として過ごしペスト患者を診察したこと、結婚をなして子も生まれたがペストで失ったこと、それから放浪に出たことである。後半生は、ペストの治療に尽力した後、サロンの名士となり、予言詩を書いて時のフランス王妃カトリーヌ・ド・メディシスから庇護を受けたことが判明している。
　映画『ノストラダムス』は、現在確実視されているノストラダムスの人物像と、まだ確実視されていない事柄を含めて、一人の人間としてのノストラダムスを描いた力作である。
　幼い頃に味わった、魔女狩りの恐怖。既存の伝統的な治療法に対する疑問。真実を愛するあまり、教授と対決する真摯な医学生としての姿。当時、禁書とされていた書物への接近。恋愛と結婚。妻と子供の喪失。放浪と医者としての診察。二番目の妻との出会い。結婚。予言詩の執筆、アンリ２世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスとの謁見、アンリ２世の死などが、充分に時代考証がなされた本格的な中世の映像とともに、淡々と描かれている。
　したがって、『ノストラダムス』は、エンターテインメントというより、映像的な伝記、想像によって補った一人の人物のドキュメントフィルムという感が強い。中世という時代を生きた一人の人物のドラマであり、またひとつの中世の記録である。
　初めて映画『ノストラダムス』を見た者は、予言者、オカルティストというおどろおどろしいステレオタイプなイメージを突き破って現れる一人の人間の姿に、恐らくはっとしてしまうだろう。そして、危険を省みずにペストに立ち向かうノストラダムスの姿に、だんだんと吸い込まれていくに違いない。『ダイ・ハード』や『リーサル・ウェポン』のようにドンパチがあるわけでもスリルがあるわけでもないが、最後まで見てしまう一作である。

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　世の中に、名作という言葉がある。
　作品として優秀な作品という意味もあるが、自分の魂に残った作品のことも、名作と形容される。
　『ローマの休日』は、作品として優秀というより、魂に残る映画である。話は、ヨーロッパ最古の王室の王位継承者であるアン王女が、王女という束縛された世界、自由を奪われた世界に我慢できなくなってローマの街に飛び出し、アメリカ人の新聞記者ジョー・ブラッドリーと出会って１日だけの恋に落ちるというものだ。
　『ローマの休日』は、物語の構造としては凡庸なものである。身分違いの恋は中世恋愛物語の変奏曲、お姫様が市井に下るという設定は女性版貴種流離譚であって、物語として真新しいものはない。特に序盤はシナリオ的にたるく、映像的にも目を瞠るものはない。
　だが、アン王女がロングヘアをばっさり切り捨ててショートヘア（後にヘプバーン・スタイルと呼ばれて大流行することになる）に変身した途端、様相は激変する。主演ヘプバーンの表情が、突然生き生きと明るく輝きだし、見る者の心を虜にしはじめるのだ。
　物語は、身分違いの恋や女性版貴種流離譚という時空を越えて、まるでアンそのものとして回りはじめる。人を好きになる、ピュアな心の象徴。恋心の化身。そしてその魅力に、映画を見ている者だけならず、新聞記者ジョー・ブラッドリーも引き寄せられていくのだ。
　恋とは、相手への純粋な所有欲である。相手の魂と肉体を、心に所有したいと願うことである。だが、アンを永遠に所有することはできない。その瞬間、猛烈な悲しさと切なさが迫ってくるのだ。
　相手の正体を知りながら知らぬふりをし、踏み越えられない関係であることを知りながら好きになり、別れるしかないことを知りながら未来のことを口にする。両思いになるということは、いつしか別れることを全身で引き受けることだが、その別れの悲しみと切なさが体現されている。
　『ローマの休日』の中で個人的に感心したのは、最後にアンが少女アンからアン王女に戻り、ロープ越しに新聞記者たちに謁見する場面である。そこで新聞記者ジョー・ブラッドリーに気づいたアン王女は、予定されていたスピーチ以外の言葉を口にし、予定外の行動を起こすのだ。
　本当はロープを越えて相手を抱き締めたい。あの時のように口づけをしたい。だが、そんなことができるわけも許されるわけもない。そこで二人は、王女と新聞記者という立場上の厳しい制約の中で、周囲に決してわからぬように、しかし相手にだけ伝わるように、公式の発言を装ったぎりぎりのラブコールをお互いに送り合うのだ。アンは、堅苦しい王女らしい答弁の範囲を越えないようにしながら、ジョーは新聞記者らしい発言の範囲を越えないようにしながら、お互いに気持ちを伝え合い、確認し合うのである。恋の切なさだけでなく、ぬくもりが表われた名場面である。個人的にはその場面と、そしてキスをされた直後のヘプバーンの表情が、最も美しいシーンだった。
　というわけで、最後に一言。
　オードリー・ヘプバーンなら王女と言っても通用する、とは監督の言葉だそうだが、池田昌子の声なら王女と言っても通用すると言いたい。髪を切ってから見せたヘプバーンの表情が宝なら、池田昌子の声もまた、宝である。オードリー・ヘプバーンが世紀の大女優なら、池田昌子もまた、世紀の大声優である。

バッドサンタ

　原題の『Bad Santa』の「Bad」は、不良のという意味と最高のという意味とを掛けているのだろう。
　この映画は、カタカナで『バッド・サンタ』と表記するより、悪漢サンタか最低のサンタと名付けた方がふさわしい。カタカナの字面に表されるような、軽いものではないからだ。
　監督は、ゴーストワールドで、すべてを糞と思いたくなる年頃、ティーンエイジャーの少女の青春をティーンエイジャーの視点から描いたテリー・ツワイゴフ。今回の『バッド・サンタ』は、善良なるサンタではなく、悪事に手を染めているサンタを描いたお話である。
　主人公ウィリーは、毎冬サンタに扮してデパートで子供たちの願いを聞き届ける仕事をしている中年おやじ。冴えない風貌に冴えない表情だが、その姿通り、酒飲みでアナルファック好きで短気な金庫破り。チビの相棒マーカスとその彼女の３人で組んで、稼ぎまくっている。
　いったんは足を洗うと決めたウィリーだったが、結局マーカスに誘われてアリゾナのデパートへ向かうことになる。そこでサンタの仕事――そしてもうひとつの仕事の準備――を始めるが、酔って職場に来るわ、ガキに悪態を吐くわ、ガキを怒鳴りつけるわ、ひどいありさま。
　そんな彼の目の前に、肥満少年ロジャー・マーマンが現れる。「お願いは？」と訊ねるウィリーに、ロジャーはなぜか返事をしない。「だんまりか」とつぶやくウィリーの髭に手をやり、「本物じゃないんだね」。結局、ロジャーはお願いを口にしなかった。
　だが、その不思議な肥満少年ロジャーは、なぜかウィリーにつきまとう。どんなに悪態をつかれようが怒鳴られようが、ウィリーのそばにやってくる。疎ましく思うウィリーだが、ある日、警察が自分の部屋を探っていた。慌てたウィリーは、デパートにやってきた肥満少年ロジャーの家に駆け込み、厄介になることになるが……。
　昨日の『セブン・ビューティーズ』と同じように、『バッド・サンタ』は最低野郎のお話である。 ただ、『セブン・ビューティーズ』の場合、最低野郎を最低野郎のまま貫いて、最低野郎から人間のドラマと人生の悲喜劇を描き切ったのに対して、『バッド・サンタ』の場合、最低野郎は最低野郎のまま終わらない。そこが芸術と娯楽の違いだろう。どちらが優れているというわけではない。描こうとしている目的が違うのだ。
　しかし、主人公は糞野郎である。その「最低野郎」という部分に倫理的に反応してしまう人は、この映画を楽しめないだろう。倫理意識の厳しい人、最低野郎に拒絶感のある人には、癇に触るだけの映画かもしれない。フィクションに対して、過剰に倫理的に反応してしまう人、高潔な態度をとってしまう人というのはいるものだ。それは映画であっても小説であっても変わらない。そういう人たちが権力を握って振りかざすことに対しては咎める言葉は存在するが、そうでない場合においては、咎める言葉は存在しない。
　過剰に倫理的に反応しない人、最低野郎を許せてしまう人には、『バッド・サンタ』は味のある映画になるだろう。