今では、誰も読書を悪徳と感じることも罪悪視することもないだろう。
「本ばかり読んでいる人間は異常です。もっと普通に友達と遊んだり、役に立つ勉強をしたり、体を鍛えたりしないと、社会に出てやっていけませんよ」（『おたくの本懐』）なんて言う親は、今どき多くはあるまい。
　だが、永山靖生が『おたくの本懐』で書いているように「確かにちょっと前までは、本を読みすぎることは日本的小市民社会では充分に迫害の対象となる行為だった。アルトーに『罰せられざる悪徳』というタイトルの書物論があるが、読書はかつて罰せられる悪徳だった」のだ。
　読んだり見たりしていると異常とされたものは、最初は小説であり、その次が漫画だった。さらにアニメ（アニメを見ていると親は「漫画ばかり見て」と叱った）が来て、ゲームが来て、さらにオタク的フィクション全般へと広がった。
　健全なる精神と肉体を培うべきである（と誰かが思い込んでいる）時期に少年少女が自分の世界に引きこもって没頭するものは、代々親から罪悪視されるものなのである。それは戦後変わらない。もしかすると、近代社会が生まれてから不変なのかもしれない。
　だからといって没頭や耽溺の対象や行為そのものが無条件で正当化されるわけでもないしそれを目論んでいるわけでもないけれど、この流れを理解せず自分こそは正義と健全の守り神であると信じて少年少女が没頭するエンターテインメントを批判する者は、無知の粗忽者としか言いようがない。
　いまさら歴史意識を持ち出すのは馬鹿馬鹿しすぎるのだけれど、知りもしないくせにパブロフの犬みたいに反応して騒ぎ立てる連中は、人間とは思えないのだ。それはただ、言葉で吠える犬以下の存在である。犬の叫び声を読んで納得している連中は、次元としてはドッグフードを食べてよろこんでいるだけなのだ。