『愛の空間』とは、すなわちラブホテルのことである。
　といっても、ラブホテルがなかった時代から書き始められているので、大人が自宅以外でセックスする空間と言った方が正しい。
　青姦という言葉がある。戸外の野原でセックスすることである。今となっては禁断の意味合いが強いが、かつて、恋人同士のセックスといえば青姦だったと言えば、信じるだろうか？
　戦後直後は、青姦天国であった。1920年代でも、青姦はセックスの基本であった。農村なら森、草原、川沿いの堤、社寺の境内。都市なら公園。草の匂いを嗅ぎながら初体験を済ませるのが、当時の恋愛事情だったのだ。屋内の施設を利用するには金がかかるのである。そして、そんなお金など、当時の若者は持っていなかったのだ。
　ラブホテルという言葉が生まれるのは70年代。
　73年にはラブホテルという言葉は広まっていたらしい。だが、当時のラブホテルは電動ベッドあり、鏡張りあり、デハデハの施設だった。それが80年代にかけてシティホテルのような地味な装いへと変貌していく。
　なぜ？
　わずか10年の間に、いったい何が起こったのか。そのあたりを、本書は丁寧に文献に当たりながら解きほぐしていく。
　東浩紀がやるような、難しい哲学的分析は一切ない。当時の雑誌や小説という事実に徹底的に当たりながら、裏事情を解析してくれるのだ。
　著者は、『美人論』の井上章一。400頁もある本書はなかなかに厚い一冊であるが、知的な苦痛はない。なかなかに痛快な一冊である。

愛の空間