合コンでの禁じ手は、エロネタに走ること、オタク話をしゃべりまくることだそうだが、実はもう１つある。哲学の話をすることである。
　アカデミックな世界や現代哲学に興味のない人にはまるで銀河の外での事件だが、テオドール・アドルノの『美の理論』が新装完全版となって再刊された。
美の理論新装完全版

　アドルノはフランクフルト学派の代表的な学者である。
　鏡が初めて『美の理論』を知ったのは大学時代のことだ。北大生協に入荷されていたのを目撃したのが最初だ。その頃から作家になろうと決めていた自分はクリエイティブなことや美や芸術に節操のない興味を持っていて、『美の理論』というタイトルにもやはり惹かれてしまったのだった。
　美の理論。
　美が理論立てて説明されているのだろうか。それを読めば美に対して自分の頭の中がすっきりして理論立てられ、美を生み出せるようになるのではないか。知に目覚めたばかりの幼稚な高校生的な考え方で中を覗いてみたのだが、当時、「超越論的」の意味も「超越」と「内在」の区別も知らなかった自分にとっては、あまりに硬派すぎた。あまりに知的レベルが高すぎた。買う前に玉砕してしまったのである。
　当時は、正篇と補遺の２冊で出されていたが、今回は１冊にまとめての出版である。まさに完全版の名前にふさわしい。店頭で見て驚いたのが、小見出しがほとんどないにもかかわらず、左側の頁上に小見出し代わりに内容の要約めいた見出しが載っており、それが毎頁ごとに変わっていることだ。非常に凝った編集である。
　断っておくが、アドルノの『美の理論』を読んだからといって、美について具体的にわかるわけではない。ましてや、美を生み出せるようになわけではない。『美の理論』は美のハウツー本ではないからだ。それはひとつの哲学的到達点なのである。