再び体制にすり寄るコメンテーター、大谷昭宏について。
　今年2005年1月4日掲載の日刊スポーツ・大阪エリア版で、《趣味と犯罪の境界　社会が決めるべき》と題して大谷昭宏が萌えとフィギュアマニアを話題にしている。《「フィギュアマニア」に改めて思う》という副題からして、痛さが増していることは言うまでもない。
　決して長くはない、しかし短くもないコラムの中で、大谷昭宏は、奈良女児誘拐殺人事件は、異常な少女性愛者による事件であると言う。その温床になったのが、フィギュア愛好や萌えという趣味だ。個人の趣味的自由といっても、それが元で犯罪が起きるのならば、趣味に対して社会的制限を加えねばなるまい、という話だ。
　多くの人は、成人女性への性愛が健全であり、少女性愛という性的嗜好はおぞましいというイメージを懐いている。生身の女の子への執着が健全であり、二次元のヒロインやフィギュアへの執着（萌えやフィギュア愛好）はおぞましいというイメージを懐いている。おぞましい趣味やおぞましい性的嗜好は、幼女誘拐殺害というおぞましい事件とイメージ的に結びつけやすい。しかし、結びつきやすいからといって理由になるわけではない。複雑な現代社会では、安易な結びつきや表層的な連想は、理由にならないことが多い。性的快楽殺人はその顕著たるものだ。
　大谷昭宏は三重の勘違いをしているように思える。
　１つ目は、奈良女児誘拐殺人事件を、性的快楽殺人としてではなく、「幼女」殺人として捉えてしまっていること。「幼女」という部分に過剰反応して、全体を見誤っている。
　『ＦＢＩ審理分析官』によれば、性的快楽殺人には、秩序型と無秩序型、そして混合型の３種類があるという。
　幼女なら誰でもよかったという行動は、無秩序型を思わせる。すぐに殺害したというのもそうだ。秩序型ならすぐには殺しはしない。
　しかし、車を運転したという事実やその後捜査の攪乱を試みた行動は、秩序型を思わせる。分類で言うと、小林薫は混合型の性的快楽殺人者ということになるだろうが、そのような分類はさしあたって重要ではない。重要なのは、彼がただ少女性愛者だったということではなく、性的快楽殺人者としての条件を備えているということだ。
　２つ目は、異常な欲望や異常な飢餓や異常な思想が犯罪に直結しているという古い考えに囚われてしまっていること。そういうわかりやすい犯罪があったのは30年前のことだ。
「自分は貧乏だった。金が欲しくて欲しくて仕方がなかった。でも、手に入らない。だから、どこの銀行でもいいから強盗に入った」。
　30年前ならそうだったかもしれない。しかし、それは今の時代には当てはまらない。もし奈良女児誘拐殺人事件の原因が少女性愛だったとすれば、
「自分は幼女が好きだった。幼女とセックスしたかった。したくてしたくて仕方がなかった。でも、手に入らない。だから、どの幼女でもいいから誘拐した」
　ということになるが、そんな単純な理由で説明できる問題だろうか？
　もしそうなら、なぜ、犯人は誘拐してすぐ殺害せねばならなかったのか。なぜ、画像を母親に送りつけたのか。
　「幼女とのセックスを妄想してオナニーこきまくっているうちに、ついに暴走して犯罪しちゃいました」なんて話では説明がつかないことぐらい、バカでもわかる。「異常な少女性愛」は何の説明にもなっていないし、何の理由にもなっていない。
　性的快楽殺人の原因は、少女性愛ではない。幼女を殺害したから、異常な少女性愛が原因と片づけるのは、パブロフの実験犬の他には大谷昭宏ぐらいなものだ。
　３つ目の勘違いは、萌えやフィギュア愛好といった趣味嗜好を犯罪と結びつけていることである。萌えのメンタリティやフィギュア愛好のメンタリティは、性的快楽殺人者のメンタリティと相関性がない。「フィギュアにはまりすぎて幼女を襲っちゃいました」「二次元のヒロインに萌えすぎて、幼女が欲しくなっちゃいました」なんて説明は安っぽいドラマの筋書きにもなりはしない。
　『ＦＢＩ心理分析官』によれば、性的快楽殺人者のメンタリティはいくつかの段階を経て長期間にわたって形成されるという。
　6才までの母性愛の不足、12才までの父性愛の不足といった家庭的要因が重なり、ネガティブなエネルギーが備蓄されると、ネガティブなエネルギーは内側へ向かい、残虐な性的妄想が始まる。10年を経るうちに妄想はどんどんエスカレートしていき、性的快楽殺人者はイメージの世界で、かなりリアルにその妄想をくり返すことになる。この段階で、離婚や別離、レイオフといったストレスを伴う事件が発生すると、ついにイメージの境界を越える。イメージの世界を現実の世界にただ置き換えるだけで、性的快楽殺人が発生することになる。
　「少女性愛」という性的嗜好や「萌え」「フィギュア愛好」といった趣味嗜好はこの性的快楽殺人発生のプロセスに積極的に関わってはいない。最初に少女性愛や萌えやフィギュア愛好があって、そのとんでもない発展形として性的快楽殺人があるわけではないのだ。実際にアメリカで起きている性的快楽殺人事件でも、被害者はばらばらだ。12、3才の少年。額の真ん中で前髪を分けた金髪女性。性別年齢にこだわらない無差別殺人もある。
　大谷昭宏が少女性愛と萌えとフィギュアにこだわるのは、それが彼にとっておぞましいからだろう。萌えやフィギュアを犯罪因子に結びつけようというのは、ただおぞましさ、嫌悪感によるものであって、クールな分析によるものとは思えない。もし少女性愛者、すなわち幼女マニアが犯罪と密接につながっているのなら、ＲＱマニアは？　看護婦マニアは？　ＯＬマニアは？　人妻マニアは？　彼らも危険人物なのか？　彼らの趣味も危険で取り締まるべきものなのか？
　ある特定の性的嗜好が犯罪の原因となる、というのは前世紀の時代後れの考え方だ。生まれる時代を100年、間違えている。
　萌えは、健全を自覚する大谷昭宏からすればおぞましいものだろう。血の通わない二次元のヒロインに没入する姿には、気色悪さを覚えているのかもしれない。フィギュアマニアに対しても同様だろう。そういう子たちはコミュニケーション的な円滑さを有しているわけでもなく尖った言語表現をする可能性が高いだろうから、取材した彼がさらにおぞましさや嫌悪感を感じたとしても不思議ではない。
　だが、「おぞましい」からといって即、社会的に害悪というわけではない。「おぞましい」からといって犯罪の温床になるわけでもない。「おぞましい」からといって批判を加え社会的制限を口にするようでは、権力体制の飼い犬だ（ジャーナリストは、不当な社会規制を行うきっかけを権力側に与えないでほしい）。
　数十年前に、推理小説が流行るから犯罪が増加した、という謬説が流れたことがあった。今回のことも、次元としては同じである。性的快楽殺人と萌え、性的快楽殺人と少女性愛、性的快楽殺人とフィギュア愛好に因果関係などありゃしないのだ。
　それでもくり返し大谷昭宏が「萌え」と「フィギュア愛好」を叩きつづけるのは、それが大谷昭宏にとっておぞましくてならないからであり、つまり大谷昭宏が「萌え」という現象、「フィギュア愛好」という現象を気に入らないからであり、両者があまりにもおぞましくて叩かずにはいられないからなのだ。自分が個人的に気に入らないから、おぞましくてならないから、新聞という公共の場を利用して叩いているだけなのである。こんなのは言説的オナニーにでしかない。浮かばれないのは女の子の方だ。
　叩きたいのなら、温泉でも行ってモグラ叩きをしてくればよろしい。赤提灯の下で「てやんでばろちきしょ」とくだを巻いていればよろしい。
　危窮の時に人の器が見えるとカルロス・ゴーンは言った。
　大谷昭宏はいかに？
　還暦に到達しようという年長者が、オタクから質問状が来たなんてスポーツ紙に書くのは果たしてどうだろうか。叩かれ弱いと言われても、大人げないと言われても仕方あるまい。
　沈黙は金、雄弁は銀と昔の人は言った。しかし、沈黙できるのは器ある人間だけである。大谷昭宏にそれを期待するのは酷というものだろう。