クン・パオ！燃えよ鉄拳　特別編

　抱腹絶倒とは『クン・パオ！』のためにある。
　これほど、倒錯した愛と悪意に満ちたパロディはあるまい。
　『クン・パオ！　燃えよ鉄拳』の監督＆主演スティーブ・オーデカーク（Steve Oedekerk）は、『親指ウォーズ』や『親指タイタニック』を監督している。親指に顔を描いて、『タイタニック』や『スター・ウォーズ』をパロディにした作品である。
　といってもかなり下品で下ネタに引っ張ったものだった。パロディの意識は低く、ジャンル自体への意識は皆無。やたらと下ネタを連発するただ下品なだけ、ただお下劣なだけのゲテモノだった。勿論、ゲテモノにはゲテモノなりの面白さがあるのだが、それほど一般性や大衆性は高くなかったし、個人的には話のネタにしかならないレベルだった。
　それが本作『クン・パオ！』になって、突然パロディの意識と水準が豹変した。カンフー映画というジャンルやワイヤーアクションへのパロディが表に出てきたのである。たとえばこうだ。
　冒頭付近。
　主人公はChosen One、和訳すれば「選ばれし者」として、ヒーローらしく生まれてから世界を旅することになる。この手のヒーローに旅はつきものだ。勿論、歩く場所は当てどのない荒野。その荒野を歩く主人公の姿をフィルムに捉えながら、主演＆語り手のスティーブ・オーデカークは次のように語る。

《彼は歩き続けた》

　ハイハイハイ、お約束ね。
　誰もがそう思ってしらけかけた瞬間、およそ緊張感のない胴着姿で車を運転する主人公の姿が映し出され、次の台詞が語られることになる。

《だが、時々ずるをした。》

　世界を歩きつづける者というさすらいのヒーローに対する、強烈な諧謔意識。なんでもかんでも下ネタに引きずり込んでいた『親指ウォーズ』や『親指タイタニック』とは明らかに次元の違う毒笑が行われているのだ。
　パロディとは、非常に高度な、ひねくれな皮肉である。ねじ曲がった愛を罵詈雑言ではなく同じ手法で高度に表現してこそ、気持ちのいいパロディは成立するのだ。そしてそれを『クン・パオ！』においてオーデカークは成し遂げている。『クン・パオ！』のいたるところに笑いと諧謔の鉄拳が仕掛けられているのだ。
　勿論、お得意の下ネタも登場するが、以前よりも効果的に使われている。いつ下ネタを使えばいいのか、いつ使えば一番落差（コントラスト）が出てにやりとできるのか、それを会得してしまったみたいだ。
　この手のお馬鹿なノリというのは個人的に大好きなので、何度も笑ってしまった。『親指タイタニック』や『親指ウォーズ』では時々笑った程度であまり感心しなかったが、今回ばかりは豊富なパロディと高次元なパロディ意識に感心し、抱腹絶倒してしまった。無駄に映像美を追求しているだけに、余計におかしくなってしまう。だが、それも笑いの計算のひとつなのだ。
　具体的にパロディを一つ一つ列挙することは、作品鑑賞の邪魔になってしまうだろう。お馬鹿な映画が好きな人は、是非『クン・パオ！　燃えよ鉄拳』を見てほしい。次回作予告まで、本当に馬鹿だなと思えるに違いない。しかし、馬鹿だなと思いながら笑わされている自分がそこにいるはずだ。そして、このフィルムが、買い取られた古い映画に新しい映像を合成してつくられたこと、声を主演が一人で演じていることを知ってさらに驚き、呆れることになるに違いない。
　『クン・パオ！　燃えよ鉄拳』は、徹頭徹尾、お馬鹿な映画である。驚くほと手の凝った、変に映像美にこだわったお馬鹿映画である。だが、非常に優秀な、馬鹿なパロディでもある。その優秀さと馬鹿っぷりに触れた時、ゲテモノとは違うパロディの楽しみを存分に味わっているに違いない。これはパロディと笑いの鉄拳なのだ。