１作目『啓示空間』は三人称主体のハードＳＦだったが、２作目『カズムシティ』は、一人称主体のハードボイルドＳＦである。
カズムシティ

　前作の主人公ダニエル・シルベステは、イエローストーン星カズムシティの出身だった。その父親カルビン・シルベステも、カズムシティの名門の人間だった。
　そして、本作『カズムシティ』の舞台は、イエローストーン星唯一のシティ・カズムシティ。つまり、物語の舞台がそのままタイトルになっているわけだ。関係ないが、イエローストーンは、間違いなくアメリカの国立公園からつけたのだろう。
　『カズムシティ』の物語は、カズムシティとは別の町、別の惑星から始まる。主人公＆語り手は、「おれ」ことタナー・ミラベル（Tanner Mirabel） 。元兵士、今はボディガード。脳味噌の好きな部位だけを打ち抜くことができると言われる射撃の名手だ。
　「おれ」は、自分の雇い主だったカウェアの命を奪い、さらにその妻ジッダの命を奪ったアルゼント・レイビッチ（Argent Reivich）を殺そうとスカイズエッジ星（Sky's Edge）最初の入植地ヌエバパライソにやってきていた。だが、レイビッチの手がかりを追ううちに乗っていたエレベーターの遥か3000キロ下方で核爆発が発生。上昇して来る別のエレベーターに粉砕される前になんとか難を逃れる。
　だが、イエローストーン星の周回軌道上にある修道院で意識を取り戻したときは、蘇生時記憶喪失症に罹っていた。さらにたちの悪いことに、オスマン教の精神ウイルスが侵入していた。睡眠をとるたびに、教祖スカイ・オスマン（Skay Haussman）の生涯が夢になって現れてくるのだ。
　それでも、なんとか自分がタナー・ミラベルだという記憶を取り戻した「おれ」は、カズムシティに降りる。だが、街は、かつて聞いていた文明の都とは違っていた。機械に感染する融合疫（Melding Plague）が、高度に発達した文明を破壊し、スラムへと荒廃させていたのだ。
　荒廃と背徳の都市カズムシティを二分する2つの階級。死から逃れられない堆肥界（The Mulch）の人々と、不死を手に入れた天上界（The Canopy）の人々。天上界の人々は、死ぬかもしれない遊びに興じていた。おまけに殺戮ゲームも――。天上界に近づいた堆肥界の人を捕え、頭に発信機を埋め込んで夜に放すのだ。そして、発信機を頼りに追い詰め、撃ち殺す。
　カズムとは、淵のことである。カズムシティは淵の都市だ。だが、なぜ巨大な淵ができあがったのかは誰も知らない。
　なぜ、この巨大な窪みはできたのか。なぜ、「おれ」が見るスカイ・オスマンの夢は、伝えられているオスマンの生涯と違うのか。そして、レイビッチは？
　頽廃と文明とが渦巻く生と死の淵が「おれ」＝タナー・ミラベルを呑み込み、くり返される夢と「おれ」とカズムシティの秘密を解きあかしていく。
　『カズムシティ』は英国ＳＦ協会賞を受賞している。スケールの大きさでは『啓示空間』が上だが、イカレ具合では、『カズムシティ』の方が上だろう。ちびちび読むつもりが、結局後半500頁は一気に読み切ってしまった。
　なお、英語で『カズムシティ』を読みたい人には、原書でも手に入るようになっている。

Chasm City