議論が好きと書いている人の言葉を額面通りに受け止めてはならない。そういう人に限って、実際に議論すると「わたしは～なので」と言って議論を拒絶する。
　どこが議論が好きやねん（笑）。
　つまり、自分が受け入れられる間口が狭く、思い込みが強いのだ。議論が好きなのではなく、自分が思い込んでいることに対する共感が活発に行われるのが好きなだけなのである。
　さて。
　ほとんどの人は、文学を知らない。というより、文学の読み方を知らない。文学と娯楽小説は違う。娯楽小説は、筋書きを追いかけていれば答えはわかる。しかし、現代の文学小説は、筋書きを追いかけてもわからない。批評理論という専門的なものを使わないと、わからないようになっている。
　感性で情景描写を受け取ってもわからない。饒舌な文体や情景描写にはある目的がある。村上春樹にしてもそうだ。彼の饒舌な文体は、ぼくが思うところ、プルーストの流れのもとにある。

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　プルーストは、見通しのよいパースペクティブな小説を拒絶したきらいがある。彼は、意識的に呼び覚ます記憶と、日常の事物から無意識的に呼び覚まされる記憶とを区別した。前者が意識的記憶、後者が無意識的記憶である。
　プルーストは、後者の無意識的記憶を重視した。その結果が、ものや情景について事細かく描写するというスタイルだったように思う。詩的な気分になったから叙情的に書きました……というわけではないのだ。
　ただ、プルーストの饒舌の意図と、村上春樹の饒舌の意図とは重なっているように思える。プルーストは、無意識的記憶を描こうとした。それに対して、村上春樹は記憶と人というものの関係について触れようとしているようだ。国破れて山河ありではなく、記憶残って人はなし、という記憶と人との関係。記憶は残るが、人は残らずに消えていく。その喪失。そういうことについて触れようとしているような感じがする――『ノルウェイの森』の冒頭と末尾を照らし合わせる限りは。

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　現代の文学小説は、筋書きを追いかけただけではわからない。情景描写に目を奪われていてもわからない。謎解きはできない。たとえば『１Ｑ８４』のように、なぜヒロインは平仮名とカタカナでしかしゃべらないのか……といった謎は、筋書きを書いても答えはわからない。そこに解読理論を持ち込んで初めて解読できる。たとえばテリー・イーグルトン『文学とは何か』を読むなどして批評理論と呼ばれるものを身に付けて、初めて謎解きができるようになる。
　つまり、現代文学は、めちゃめちゃ敷居の高い読み物なのだ。活字で書いてあるからといって、みんながわかるわけではない。いいとこの大学を出たくらいじゃ、現代文学はわからんようになっているのです――専門的な批評理論を身に付けない限りは。
　だから、『ノルウェイの森』についてある「究極の恋愛小説」というキャッチコピーを見ると、苦笑してしまう。戦略的には、あのキャッチコピーは正しい。そして、すばらしい。しかし、だからといってあの小説のテーマを言い表しているわけではないのだ。仮に本当のテーマを記してしまうと、ほとんどの人の心を掻き撫でないもの、まったくスルーしてしまうものになってしまうだろう。
　なお、批評理論の勉強はこちらで。

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　より本格的に学びたい人はこちら。テリー・イーグルトン『新版文学とは何か』。純文学小説を書くという人には、最低読んでいてほしい一冊。

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