我が家のやかんは、音が鳴る。
　軽やかなハーモニカサウンド……というのが売り文句で、実際に聞いてみると、プラットホームの音にしか聞こえない。
　ついでにずいぶんと値段も張ってて5000円したりする。
　なぜかというと、ずっと前にやかいを燃やしてしまったからだ。
　たとえば、お湯を沸かそうとする。
　だいたい3分はかかる。
　3分あるなら、メールぐらい書けるな、と仕事してしまうのが物書きなのだ。しかも、メールを書きだすと、自動的に没頭してやかんのことを忘れてしまう。
　なので、よく空だきをする。
　11月のその日もまた空だきをやらかしてしまった。一仕事終えてメールを送信すると、なぜか焦げ臭い。
　誰だよ。
　隣の家の人、何魚を焼いてんだ？
　とキッチンを覗いた瞬間、ぎょっとした。ガスコンロで視線が凍結した。
　慌てて火を消したが、把手と本体のつなぎ目は燃えて真っ黒になってしまっていた。冷えてから持ち上げてみると、燃えてつなぎ目が剥がれてしまっていた。
　持ち上げられないやかんは、やかんではない。
　何度も空だきを経験したものの、さすがにこの日は恐怖を覚えた。おれ、死ぬかもしれんと思った。
　それで、やさましい音を掻き鳴らすやかんを買ってきたのだ。
　今のところ、幸い空だきはやっていない。うるさい音は好きになれないけど、命を失うよりはましだな、と納得している。