「波」という雑誌がある。
　岩波書店が発行している情報誌のようなもので、1985年当時で70円だったと思う。
　もう20年近く前になるけれど、高校生だった頃、一通の手紙を送った。「小説のハウツーは掲載しないのか？」という問い合わせの手紙だった。
　ただ、その頃の自分は言葉への愛もこだわりもない、ただの夢想家だった。言葉なんて自分の勝手な感覚で使い分けるだけ。迷っても辞典は引かない。
　適当に感覚で「謝意」と「謝罪」「謝礼」を使い分けて手紙を書いた。
　それでもいい気分になっていた。難しい言葉をちょっと使ってみたので、「えっへん」な気分だった。
　２週間後、返事が返ってきた。
　ハウツーはやっていないという答えだったが、驚いたことに、自分の手紙が入っていた。
　それも、赤ペンで添削がされていたのである。
　自分がいい加減に言葉を使い分けていたことを思い知らされて、手紙を前に自分は赤面した。非常に居心地が悪かった。もちろん、その手紙は誰にも見せなかった。
　けれども、今振り返ってみれば、なんとやさしい編集さんだったのだろうと思う。
　編集さんにだって仕事がある。決して暇ではない。田舎の高校生の相手をしている場合ではないのだ。そもそも、編集さんは通信添削のバイトをしているわけではないのである。もっと大切な仕事があるのだ。
　にもかかわらず、編集さんは時間を割いて添削してくれた。「ハウツーはやっていません」とただ書けば終わりなのに、わざわざ赤ペンで添削して返してくれた。そうすることによって作家を夢見る高校生に、「もっとちゃんと調べなさい」と言外で教えてくれたのである。
　なんという温かさ。やさしい愛情。
　あの経験が今の自分を作り上げた……わけでは決してないけれど、でも、それは胸温まる思い出として自分の中で生きつづけている。