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『アンチ・オイディプス』~オイディプスを批判する機械~

アンチ・オイディプス(上)

 

アンチ・オイディプス(下)


 2006年文庫界最大の事件。
 『アンチ・オイディプス』文庫版出版。
 現代思想に興味のない普通の人には存在せぬ事柄だが、現代思想に興味を寄せる人間にとってみれば、これほどの事件はない。
 「強度」「器官なき身体」「欲望機械」「モル的/分子的」といった目眩のする言葉で70年代に登場し、以後の思想界に影響を与えつづけているドゥルーズ&ガタリの名著『アンチ・オイディプス』が、新訳になって文庫として出版されたのだ。

欲望機械は、固有の異常な諸切断を再び導き入れ、あるいは再び導き入れようとする。子供は、自分をいざなっている任務を感じ取る。しかし、三角形の中に何を入れたらいいのか。いかに選択すべきか。父の鼻と母の耳、それは役に立つのだろうか。それは確保されてよいものか。それは適切なオイディプス的切断を行うものだろうか。そして自転車の笛はどうか。何が家族に所属するのか。三角形が確保するもの、同じくそれが排斥するものの圧力をうけて振動し共振すること、これが三角形の運命である。共振とは(ここでもやはり窒息し、あるいは公的になり、恥辱にまみれ、あるいは栄光にみちて)家族の第二の機能である。家族は、確保する肛門、狂信する声、そしてまた消費する口でもある。これらは家族に属する三つの総合作用である。社会的生産のまったく型にはまった諸対象に欲望を接続することが問題だからである。共振がほしいなら、コンブレーのマドレーヌを買いなさい。


 原始の渦と流れのように、ぐるぐると目眩を起こす文体。ブラウン運動をつづけながら欲望の流れのようにほとばしる文の勢い。たいていの哲学書が「コスモス(秩序)」側にあるとすれば、『アンチ・オイディプス』が属するのはその反対――カオス(混沌)だ。
 人間は機械だ、とドゥルーズとガタリは言う。話す機械。食べる機械。呼吸する機械。消化する機械。排便する機械。様々な機械がつながり、様々な流れが全体を貫流している。
 比喩的にではなく、現実的に、人間は様々な機械(パーツ)の集合である。普段はその様々な機械がバラバラにならず、ひとつの全体性に統一されている。だから、自分が話をしている時に勝手に排便が行われて……なんて身体がバラバラで無制御になる感覚はない。
 だが、分裂症患者は違うのだ。彼/彼女にあっては、様々な機械を統一していた全体性・統一性が壊れ、身体の各部分はバラバラに動き出すのだ。身体がバラバラに分解し、寸断される感覚に襲われるのである。
 その分裂症者の身体感覚を元に分析を試み、精神分析とオイディプスコンプレックスを批判していく壮大な知の痕跡が、『アンチ・オイディプス』だ。
 本書は、資本主義と分裂症を扱っている。いや、もっと言うなら、精神分析を扱っている。アンチ精神分析である。精神分析の中であまりにも大きな顔を占めることになったオイディプス・コンプレックスに対して、批判の鉄槌を浴びせているのだ。なんでもかんでも、「パパ-ママ-ボク」の三角形の中に閉じ込めすぎる、なんでもかんでも父親と母親をめぐる家族的コンプレックスに結びつけすぎると。だから、タイトルはアンチ・オイディプスなわけだ。

 時代の風潮の中で、遠くからにせよ、あるいは天与のものであるようにせよ、家族は精神分析の教えをあまりにも耳を傾けすぎたという印象を、私たちはしばしばもつのだ。家族は、オイディプスごっこをしている。


 全編にほとばしるパトスと怒りのリビドー。アンチの魂。オイディプス至上主義に対して怒る機械、批判する機械と化したドゥルーズ&ガタリの情熱をいっぱいに浴びて、下巻は一気に読んでしまった。初めて『アンチ・オイディプス』を読むという人には、手頃さや訳の勢いから、河出文庫から出ている新訳版の方を勧めたい。
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