東京ゴッドファーザーズ

　体調を崩して療養中に、初めて今敏の映像＝物語に触れた。
　一言で言うなら、これは心温まる奇跡のドタバタ物語である。ただ、そのドタバタを演じる主役たちが、あまりアニメでは話題にされて来なかった変わり者たちなのだ。一言で言うなら、社会の暗部の住人――ホームレスである。
　中年男、オカマ、少女。
　冴えない41歳の中年、ギンさん。顔の怖いオカマ、ハナさん。そして家出少女、ミユキ。
　これが、『東京ゴッドファーザーズ』の主人公たちだ。
　クリスマス・イヴの夜。この３人が喧嘩を始めた時、突然聞こえてきたのは、捨てられた赤ちゃんの泣き声だった。他人の面倒を見られるような人間ではないにもかかわらず、赤ちゃんを拾って帰ったところから物語は始まる。
　探偵でもアクション映画の主役でもないのに、赤ちゃんの親を探して都内を右往左往する３人たち。その３人の物語に乗せて、現代の東京の町が、ホームレスの生活が、稠密な画面で描かれていく。
　リアル（現実そのままの姿）を描けば、リアリティ（現実感）が出るわけではない。だが、『東京ゴッドファーザーズ』は、ひたすらリアルに徹することで、驚くべきリアリティの醸成に成功している。
　新宿中央公園から見た、高層ビル。夜の都庁。紛れもない現在の日本の姿に、思わず息を呑んで見つめてしまう。性的ロマンスを好む鏡にとって、『東京ゴッドファーザーズ』は決して好みの絵柄でも好みのお話でもなかった。いっちょ見てみるかという冷やかし半分だったのだが、その映像美とリアリティに、物語が始まって５分も経たないうちに本気になり始めていた。
　押井守が近未来の世界に日本的なものを見いだしたとすれば、今敏は現代の東京に、日本的なもの、ジャパンなるものを見いだしたのかもしれない。
　『東京ゴッドファーザーズ』は、いわゆる娯楽作品ではない。小学生や中学生が楽しめるようなアニメではない。しかし、そこには、旬を過ぎた宮崎駿以上の味わいと深みがある。社会の酸いも甘いも知った大人には、その味がわかるに違いない。