天体の図像学

　神保町は雨に呪われている。
　去年の神田古本祭りも、一昨年の神田古本祭りも、最終日は雨だった記憶がある。突然の降雨で午後３時終了になったりと、雨尽くしである。
　なんて思っていたら、からっと晴れた。夜のうちに雨が降ってくれたらしい。呪いは解けたようである。
　さて、世界の有名な絵画にも、呪いがかけられている。
　いや、呪いという言葉では呼ぶのは間違っている。その世界独特の象徴が、絵画や建築の中に込められているのだ。それをあるパースペクティブから解読した一冊のフィクションは、『ダ・ヴィンチ・コード』としてベストセラーになった。
　象徴の中には、天体もある。その天体が、西洋絵画や西洋建築にどのように描かれているかを辿ったのが、『天体の図像学』である。
　タイトルは、図像学となっている。
　カタカナで言うとイコノロジーである。偶像や肖像のことをイコンと言う。アルファベットで書くと、icon。アイコンである。
　本書『天体の図像学』は論文集を集めたものだが、論文集といっても結論や理由の分析はないので、エッセイ集の方が近い。哲学思想の本と違って小難しいことは述べていないので、高校生でも気軽に読める。おまけにカラー写真盛りだくさんである。
　喫茶店の女の子に見せたら、「いいなあ～と」言っていた。勿論、鏡にではない。本にである。個人的にはがっくしであるが、本的にはやりぃである。
　著者は、ギリシア時代の建築――太陽神ヘリオスと月の女神セレネの記述から『天体の図像学』を始めている。
　太陽が建築に描かれるのは古代ギリシアが始まりではなく、古代エジプトでも行われていたそうだ。古代ローマでは、これが太陽神ソルと月の女神ルナになる。
　キリスト教にとっては、どちらも異教である。だが、キリストの死後に描かれるようになったキリストの磔刑図には、なぜか月と太陽が描かれているのだ。とまけに東方の三賢者の姿は、異教のミトラ教の神、ミトラにそっくりである。
　中世も中頃にさしかかると、今度はキリストの母マリア単独の姿が竜とともに描かれるようになるが、なぜか聖母マリアは三日月を踏んづけている。これは有名な聖母昇天の絵や聖母戴冠の絵でも、律儀に守られている。エル・グレコの描く《聖母被昇天》にいたっては、斜め下アングルからマリアを描いたために、三日月型のサーフボードに乗って天に浮いているように見える。
　天体を追いかけていくと、キリスト教が異教を排しながらも、図像的には異教の影響を受け続けたことがよくわかる。純粋という言葉ほど、怪しいものはない。
　この後、著者は、新大陸、科学の17世紀、産業の18世紀、そして現代へと執拗に天体を追いかけていく。20世紀まで辿ったところは、天晴れである。普通はロマン主義のあたりで落ち着いてしまうからだ。
　『天体の図像学』の英語でのタイトルは、「天体の図像解読学」になっているが、解読の一語をつけるほど堅苦しいわけではない。ここに月がある、ここに太陽があるということを言っているだけで、なぜ月と太陽があるのかの理由を明確に説明していない。なので、そのあたりの高度な分析を求める人には物足りないだろう。だが、綺麗な絵を見て、ちょっと西欧の謎解きを見てみたい人には、『天体の図像学』は気持ちよく読める一冊だろう。

天体天体（てんたい）とは、宇宙に存在する岩石、ガス、塵などの様々な物質が重力的に束縛された状態で存在している物やその集合を指す呼称である。衛星衛星は惑星の周りを公転する天体である。衛星の周りを公転する天体は孫衛星とも呼ばれる。*月（地球）フォボス (衛星)| 　［続きを読む］