別に近代日本史に興味があるわけではない。だが、名前だけは誰もが知っているが、よく知らないこの人物について、少し読んでみたくなったのだ。
東條英機と天皇の時代

　東條英機。
　前時代の否定の象徴。誰もがＡ級戦犯であることは知っている。その中心的存在であったことも、絞首台に消えたことも。太平洋戦争が起こった時の首相だったことも、知っている人はいるだろう。
　日米開戦。言論統制。特高警察。大本営発表。極端な精神主義。彼が首相の時、これでもかとばかりに日本の政治システムの膿が不愉快な形をとって現れる。
　東條英機は、宇垣曰く《いつも手帖をとりだしてメモをとっている男で、事務能力はもっているかもしれぬが、大局はもたぬ男》だった。その彼が、なぜあのようなことを実行できたのか。なぜ、精神主義に走ったのか。その理由を、ほとんどの人は知らない。本書の72頁にこんな記述がある。第１次世界大戦のドイツの敗北を目の前にした東條英機の感想だ。

《この敗戦は、ドイツ帝国の軍隊が敗けたからではない。国民の厭戦気分こそが敗戦の引き金になったのだ》

　ここに、我々は日米戦争の極端な精神主義の萌芽を見ることができる。
　他にも、こんなのがある。軍事教官時代の彼についてのエピソードだ。

《まず決断することが第一義で、それに理由が付記されていることが必要だった。理由が正当でも決断が遅れていれば、減点されるのが東條の採点法だった》
《「対策にはいくつかの方法があるかと存じますが、なかでも甲乙丙の三点が妥当かと思います。しかし甲は時期尚早、乙は欠点が多く、それゆえ丙を実行すべきだと考えます」
　こういう報告を、東條は受けつけなかった。
「なぜ丙がいいのか。丙しかないというおまえの決断を信念をもって報告しろ。あれはだめ、これはだめ、というのは軍人の社会じゃつうじないんだ」》

　しかし、本書は、単純に大日本帝国の悪と東條英機個人の性格とを結びつけようというのではない。東條英樹の個人像を明確にすることによって、むしろ、彼の性格ゆえに引き起こされた悪と、大日本帝国という政治システムが引き起こした悪とを区別・分離しようとしているのだ。
　あとがきで著者はこう記している。

《本書でなんどもくり返したが、東條は、<大日本帝国という御輿>をかついだ最終走者なのだ。最終走者は、所詮、前走者の投影であり、しいては近代日本の制度的矛盾を映す<鏡>であった》

700頁近くのボリュームに書かれているのは、単なる東條英機という<人物>ではない。東條英機という<状況>、<政治＝社会システム>だと言えよう。昭和を知るために、日本を知るために、読んでおきたい一冊だ。

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初めまして。気になったのでコメントします。
東条英機は独裁者なのかな～っと思う今日この頃。
世界は良くも悪くも、独裁者に動かされてきたのではないでしょうか。そう思うと東条英機の全てを否定できないかなって。鏡様みたいにもっともっと皆が東条英機だけでなく、世界の戦争や事実に目を向けて貰えたらいいなと思います。

　初コメントサンクス！

　独裁者というタームで東條英機を眺めると、ずっこけます。ことはそう簡単ではない。

　ワイマール憲法の「憲法停止可能」の条項がなければ、ヒトラーは憲法停止なんてできなかったでしょう。

　独裁者が独裁者として機能するためには、独裁者を受け入れる土壌、独裁者が独裁者として振る舞うことを許す政治的・社会的状況と政治システムが必要です。