以前、あるゲームの音声収録をした時に、声優さんから「（３人のヒロインのうち）どのシナリオを書かれたんですか？」と聞かれて、言葉を失ってしまったことがあります。声優さんにとっても、シナリオ分業制は当たり前になっていたのかと愕然としました。
　シナリオ分業制とは、１本のゲームのシナリオを複数のシナリオライター（正確にはテキストライター）で分担して書き上げるシステムのことです。ゲーム雑誌の紹介欄やゲームのテロップにシナリオ担当者の名前が複数あがっているので、すぐにわかります。
　ぼくは、他の人といっしょにシナリオを書いたというのが１回しかありません。『Maple Colors』というゲームのサブシナリオを１本担当したのが、唯一の経験です。それ以外は、すべて１本のゲームのシナリオを全部ぼくが書いてきました。もちろん、声優さんから質問されたゲームに関しても、ヒロイン３人のシナリオはぼくが書いていました。
　今は１本のゲームを複数のテキストライターで担当するのが多数派の時代。声優さんも、ぼくが１人だけ担当して、あとは代理で来ているのだと思われたのでしょうね。複数のテキストライターで担当すると、音声収録だって大変だし、このライターの時の主人公の性格とあのライターの時の主人公の性格がブレてしまって、声優さんも音声ディレクターさんも大変だろうと思います。実際、収録後にお話を聞いてみると、ブレが大きくて困る時があるというお話でした。
　時代が時代なのは、わかっています。けれども、ゲームのシナリオは１タイトルを１人のシナリオライターが書いてほしいなと思ってしまいます。シナリオライターの力は、サブシナリオをいくつ書いたかという経験ではなく、１本のゲームを１人でこなすという作業をどれだけ踏んだかで決まるし、伸びるのですから。逃げたり締め切りに遅れたりするライターが多い中、仕方なく防衛的に始められたことだというのは充分承知しているのですが、業界全体のシステムが、シナリオの質とシナリオライターの力量を低下させる方向に向かっているな、危ないなという危機感を持っています。ぼくがシナリオ教室を始めたのも、そして愛育社さんから『美少女ゲームシナリオバイブル』を出そうとしているのも、そんな気持ちから始まっています。