芸術的な絵画というのは、素人がぱっと見てもわからない。ピカソの絵を見ても、あまりにも実写から隔たったデッサンの狂ったような絵を前にして感嘆する素人は、あまりいないだろう。オバサンなら「なんでこんな変な絵を描いているんやろ」「下手やなあ」と思うくらいである。けれども、芸術的な絵画とは違うイラストなら、普通の人でもわかる。描かれているのは、同じ絵のはずなのに不思議な話だ。
　同様に、芸術的なヌード写真は普通のお兄ちゃんには「わからない」が、アイドルの写真集ならばサラリーマンでも「わかる」。被写体になっているのは同じ女性のはずなのに、これまた不思議な話である。
　わからないのは、芸術には芸術なりの読解法があるからだ。それを身に着けないまま、ただ「絵」として眺めただけでは理解できない。芸術を「わかる」には、芸術の読解法を身に着けていなければならないのである。歌舞伎の文法を知らずにただ歌舞伎を鑑賞しただけでは何もわからないのと同じだ。
　それは小説にも当てはまる。
　大沢在昌や横山秀夫や森博嗣を読んで「わからない」という人はいない。けれども、村上春樹や綿谷りさを読んでも「わからない」という人は大勢いるだろう。娯楽小説は理解できるけれど、純文学は読んでもわからない。
　純文学がわからないのは、文学の読解法を知らないからである。芸術的絵画と同じだ。絵だから、ヌードだから自動的に理解できるわけではない。専門的な読解法を知らないと理解できないものなのだ。
　文学も同様である。娯楽小説と同じ活字だから、同じ日本語だからといって自動的に理解できるわけではないのである。
　娯楽小説は、普通に読めばわかるように書いてある。けれども、純文学はそうはなっていない。専門的な読解法──具体的に言えば批評理論──を知らないと文学は解読できない。
　文学は、いってみれば様々な批評理論によってエンコードされることを待つ、暗号みたいなものである。批評理論を使って、メタファーやシンボルや構造を読み解けばわかるようにはなっているのだが、ほとんどの人は批評理論を知らない。文学部に入ったって、批評理論は学ばないのだから、当たり前である。
　だから、文学はわからない。赤外線ゴーグルを装着していないと赤外線を見るこことができないのと同じように、批評理論を身に着けていないと文学はわからないのだ。