オニババを告発する本人も、別の意味でオニババであるというのは、大いにありうることだ。
　『オニババ化する女たち』（光文社新書）を著した三砂ちづる女史。
　この方、どうやら性についてはずぶの素人らしい。といっても、性体験がないという意味ではない。どうやら男の欲望については、なんにも知らないらしいのだ。
　何をとち狂ったのか、彼女はこんなことを書いている。

「性体験の深さということで言えば、たとえばお乳にこだわって吸ったりするというのは、性行為としてすごく稚拙なことではないでしょうか。男の人が小さいときに、おっぱいをきちんと吸えなかったから、大きくなってから吸っている、というふうにしか見えないのです」（三砂ちづる『オニババ化する女たち』光文社新書、164頁）
　
　オッパイにこだわる男やオッパイにこだわって吸う男の姿は、吸われている当人の視点（内側）からではなく、傍観する外側の視点から一人の女性として見るならば、幼稚な姿に見えるかもしれない。オッパイにしゃぶりついている姿を見て、「う～む、大人だ」と感じる人はほとんどいないだろう。
　しかし、幼稚に見えるからといって、なぜ性行為として稚拙と言えるのだろう。吸う行為は、セックスとして低レベルのことなのか？　では、何が稚拙でないというのだ？　正常位は稚拙ではなくて騎乗位は稚拙で、パイズリは稚拙でフェラチオは稚拙ではない、クンニは稚拙ではないが乳吸いは稚拙である、とでも言うのだろうか？
　技術レベルにおいては、確かに稚拙は存在している。しかし、それ以外のレベルにおいて、つまり、熟練度ではなく純粋に性行為として、稚拙というものが存在するのだろうか。
　そもそも、女性自身、自分がオッパイを吸われている時には、吸っている相手（男）を幼稚とか稚拙とか思う人は決して少なくないはずだ。それでも「性行為として稚拙」と言うからには、きっと彼女もさぞかしたくさんの女性のオッパイにしゃぶりついてみたのだろうし、乳吸いをする男性のメンタリティもさぞかし研究されたのであろう。
　性の世界、具体的には性的嗜好や性的プレイといったものは、多様性の塊である。どれが上等でどれが下等というものもなく、どれが成熟していてどれが稚拙であるということもない世界である。性の世界には標準がないのだ。だから、膣セックスこそ標準であるなんてことは言えないし、どれが標準的体位というのもありえない。性の世界にあるのは、ノーマル／アブノーマルの区別ではなく、メジャー／マイナー、つまり多数派／少数派という区別だけなのだ。
　こうしたことは、性の世界では最も基本的な認識だ。技術レベルとしてではなく、行為レベルとしての稚拙など、性の世界には存在しないのである。存在するとしたら、そういった性の基本的知識も持ち合わせぬくせに、表面的な印象論だけで特定の性行為を稚拙と断じる三砂ちづるの脳味噌にある。
　「男の人が小さいときに、おっぱいをきちんと吸えなかったから、大きくなってから吸っている、というふうにしか見えない」。そう感じるのは構わない。一個人が、オッパイ好きの風潮を指して子供みたいだと感じるのは自由である。それを井戸端会議で表明するのも構わない。
　しかし、それを新書というレベルでやるのは、果たして津田塾大学の教授という肩書の人間がすることなのだろうか。それこそ軽挙妄動、まさに稚拙ではないのか。性の多様性すら理解しないで断罪するその態度こそ、稚拙ではないのか。
　なんともぶざまな、お粗末なものである。著者には、浅学非才を恥じてほしいものだ。

　旅行先から戻ってきたら、たて続けに宅配便が３つ届いた。２つ目が頼んでおいたレーザージェットプリンターで、３つ目が『ブラバスター５』の著者校だった。
　息つく暇もないとよく言うが、息をついた後なので、間髪容れずというところか。金曜日からシャーペン片手に読み直して、直しの候補を入れている。
　今日で３日目だが、まだ120頁程度。今日のうちに150頁までは進むだろう。一通り読み終えるのは明日の予定。火曜日までには赤のボールペンでの修正が終わるのではないか、と踏んでいる。その時には、相当長い直しも入ってかなり赤い頁が多くなっているだろう。
　なんとか今年のうちには発売できそうな雰囲気である。

　講談社でデビューし、講談社の月刊誌で連載していた少女漫画家・末次由紀氏のカット盗作事件については、複雑な気持ちがあって全面批判する気分にも、全面擁護する気分にもなれない。部分批判する気分にも、部分擁護する気分にもなれない。
　ただ、ぼんやりと悲しいのだ。別に彼女の作品を知っていたわけでもないのに、ぼんやりと悲しいのだ。断罪の代わりに、彼女の今の心情を想像してしまう。
　連載時に編集部と彼女の間でどのようなやりとりがあったのか、トレースをしていた時の彼女の状況がどうだったのかなどは不透明の沼に沈んだままだが、それでもあのトレースはやるべきではなかったし、くり返すべきではなかった、下手でもいいから自ら考えたカットで押し切った方がよかった、せめて単行本収録の際に問題のカットには手を入れておくべきだった……とは思うけれど、それを指摘して何の益になるだろう。すでにトレースは行われ、盗作は発覚してしまったのだ。処分は下されたのだ。
　彼女の罪は罪であり、過失は過失である。その過失に対する処分がどうだったのかは、わからない。相手が同じ講談社で活躍している井上雄彦だったのがまずかったとかマイナーで稼ぎの少ない漫画家の絵をパクったのならこうはならなかったとかトカゲの尻尾切りだとか当然の処分だとか全作品の絶版＆回収は厳しすぎるとか、いろんな言説がネットを飛び交っているが、今はその言説の渦の中心を見据える気になれない。それは、圧倒的にマイナーではあるけれど自分も作り手の一人であり、つまり彼女の側に立つ身であり、したがって純粋に他人事のように思えないからかもしれない。あるいは、Wikipediaから記事が削除され、自分の作品が絶版になり、自分という名前が、存在していた者から存在していない者へと抹消されていく──その衝撃を、リアルに想像してしまうからかもしれない。
　今更猛省だの反省だの作り手の風上に置けないだの許せないだのと、突然道徳的に目覚めていかにも自分が聖人君子の衣を纏っているかのように倫理的に振る舞うつもりは、さらさらない。そんなのは、自分にとってはただの偽善であり、偽装であり、逃避だ。作者に対してはただ一言、自分を責めすぎないように願うばかりだ。