自民党の改憲案を読んだ上での議論である。

　大澤真幸の議論で「第三者の審級」というのがある。真理や正義を規定する、超越的な他者のことだ。大澤は、今は第三者の審級が失われた時代だと言う。横綱審議会というひとつの超越性が揺れ、警察という超越性も揺れ、政府という超越性も揺れている。まさに、「超越性＝第三者の審級」喪失の時代。

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　大澤の議論を援用するなら、今の日本の政治状況はこういう説明ができる。第三者の審級が失われたために、自民党が超越的な形で復活しようとしている。自民党や維新などの、日本の極右政党は、超越性が失われる中で、国家に強い超越性を確保し、自らが第三者の審級になろうとしているかのように見える。

　真理や正義は、現在にあっては一義的には決まらない。ある方の正義があり、別の方の正義がある。その中で、極右的な政党が政権を握って超越性を回復しようとすれば、その政党が考える極右的な正義や真理を押しつけることになる。それは、まだかすかに残っている自由を侵害することになる。

「世の中には超越性が欠けている。だからこそ、おれたちが超越性となり、国家と国民に超越性を付与するのだ」みたいな考えの持ち主は、父権主義に極度に接近することになる。そのような強権的発想を伴った父権主義の世界で女性が幸せになることはないし、子供が幸せになることもない。

　強権性を持つことは、硬直性につながる。硬直的な政党の世界で、どうやってグローバリズムに立ち向かう国民をつくれるのか。国家をつくれるのか。「なんでも話せ！　聞いてやるって言ってるだろ！　おい、話せ！」と怒鳴り散らす人に、誰も打ち明けたがらないのと同じだ。

　強権という形で超越性を取り戻そうとするのは、思い切り時代錯誤の行為だ。マーケットで時代錯誤を行えば、売れずに赤字をこしらえる。国家レベルの行政でそれを行えば、赤字どころでは済まない。この国が沈没する。民主党が傾けた日本を、さらに自民党が沈没させるということになりかねない。

自民党の改憲案――新憲法――は、それくらいの殺人力を持っている。あの憲法は、国民と同時に国家を殺すのだ。彼らが取り戻すと宣言しているのは、お父ちゃんが強かった頃の昔懐かしき「強き父権主義」、パターナリズムの匂いがぷんぷんする超越性でしかない。

　それでいじめを減らす？　子供を守る？　時代錯誤の処方箋で女も子供も守れるはずがないし、そもそも若者も、そして格差社会で苦しむサラリーマンにも希望を与えられるはずがない。その根っこは「おまえたちは根性が足りん！　夕陽に向かって走れ！」なのだから。

　本当に超越性を回復するのなら、相当高いメタレベルかいる。しかし、「国家の横暴から国民を守るため」に存在する憲法を、「国民が遵守する規則」に書き換えるような低いメタレベルの連中に、超越性を回復できるはずがない。それは程度の低い父権主義にしかならない。果てし無く迷惑で害悪な父権主義。

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　自民党のＣＭからは、安倍元首相の心の叫びが聞こえてくるようだ。「取り戻す！　（昔首相を辞任して傷ついてしまったぼくの自信を！）」「取り戻す！　（辞任で傷ついてしまったぼくの威厳を！）」「取り戻す！　（辞任で消えちゃった、ぼくのすばらしいイメージを！）」。

　自己回復は自己責任で。